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2009.12.27 正解は・・・
「処女塚」と書いて。

「おとめづか」と読む。

洒落ているでしょ?
ほんでもって由来はこんな感じです。

3世紀頃、神戸の菟原(うない・現在の灘区)に麗しの麗人『処女(おとめ)』という娘がいました。
処女の噂は大変凄く、遠く泉州(大阪南部)まで聞こえてました。

ひと目見ようと、たくさんの男達が訪れる日々。

ある時、処女に求婚する若者が二人現れました。

一人は地元菟原の男。もう一人は泉州の男。

どちらも甲乙つけがたい、たくましい若者。

処女は悩みに悩みます。

しかし、結論は出ません。

二人の若者は処女を奪い合う毎日で争いまでに発展するが、双方力も互角。

それを見た処女は更に嘆き悩みます。

見かねた処女の親が二人の若者に提案します。
『生田川の水鳥を弓で射た方が娘と結婚できる』…。

弓の腕にも自信を持つ二人の若者は快諾。

運命の決戦。

固唾のんで見守る人々。処女だけは、手を合わせ目を閉じてる。

そして、矢は放たれた……。

次の瞬間、処女はゆっくりと歩き出し、そして走り出した…。

処女は生田川に身を投げたのだ…。

それを見た、二人の若者も処女を追い生田川に身を投げた。

生田川のほとりには、矢の刺さった水鳥だけが…

その水鳥の背中には2本の矢が刺さっていた…。

処女はそれを見て、弓でも決着がつかず自分が争いの元凶ならば…と、身を投げたのです。


そして、それを見た処女の親は嘆き憂い、処女達を偲んで塚を建てました…。

それが、『処女塚』の由来です。

因みに『処女塚古墳』を挟んで東には『東求女塚古墳』
西には『西求女塚古墳』が建てられましたが、現在は『西求女塚古墳』のみとなってます。

「求女」と書いて「もとめ」と読む。


こんな感じの悲話が由来です。


最近は建築に全然関係ない話ばかりやな(笑)
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